のりもの絵本作家山本忠敬の世界で“絶版”タグの付いているブログ記事

2008年9月30日

『むかしのしょうぼう いまのしょうぼう』(絶版)のふろく

むかしのしょうぼういまのしょうぼう.jpg「かがくのとも1月号(1981) 通巻142号 むかしのしょうぼう いまのしょうぼう  折り込みふろく」に、山本忠敬自身が寄せた、この絵本の解説があります。絵本の案内の個別詳細ページにて紹介しますので、ぜひごらん下さい。
 

2008年9月29日

『でんしゃがはしる』(絶版)のふろく

でんしゃがはしる.jpg「こどものとも267号〈6〉でんしゃがはしる  折り込みふろく"絵本のたのしみ"」に、山本忠敬自身が寄せた、この絵本の取材記があります。絵本の案内の個別詳細ページにて紹介しますので、ぜひごらん下さい。
 

2008年9月28日

『しょうぼうじどうしゃ』

※この絵本は絶版で、現在入手困難です。以下の文章は付録に掲載された、山本忠敬自身の取材記です。

消防自動車取材記
山本忠敬

あこがれの消防自動車に乗って

真夏の暑いある一日、本誌藤枝編集長と担当の小杉氏とぼくとアシスタントの峰村嬢の4人で、横浜の旭消防署にやってきました。署では小杉氏の友人、斎藤正氏が「今、朝の訓練から帰ったところです」といいながら迎えてくださいました。
滑り棒の横をとおって階段を上がり、2階の応接所で取材の手はずをきめました。へやの中はシーンとして静かです。
消防士のおじさんが「さあ、どうぞ」とコーラを1本ずつもってきてくれました。コップも茶わんもありません。編集長のほうをチラッと見ると、すましてラッパ飲みです。飲みすぎで胃をこわしているぼくも、よしきたとばかりにラッパ飲み。と、冷たいコーラの刺激が胃の奥底から、いかにも男世帯の消防署のそぼくで、やさしく、暖かい心が、頭のてっぺんにジーンときてうれしくなりました。
斎藤氏の運転する救援補給車(人や物を輸送するワゴン車)で、40m級はしご車や化学車、排煙車、水陸両用救助車など、それぞれの車のある、それぞれの消防署にでかけることになりました。これはこの本のテーマである"消防自動車と地域社会とのつながり"ということにぴったりの取材行です。
前から一度、消防自動車に乗って走りたいと願っていたぼくの心はワクワクです。もちろん、サイレンもならさず、赤灯も点滅させずに走っていますが、ぼくの頭の中では、ウーウーとサイレンをならし、赤灯をパッパと点滅させて走っています。ぼくはもう、だいぶ興奮状態で、丘の上の住宅街をぬけて、商店街やビル街をとおっても、まったくどこをどう走っているのやら、わかりませんでした。
はじめに戸部消防署で40mはしご車をわざわざ隣のあき地にだして、はしごを動かし、取材させてくださいました。スノーケル車、スクアート車もありました。
つぎの今井消防署では、排煙サルベージ車を近くのあき地へもっていって、高発砲チューブをのばしたり、排煙装置やその他の機械を操作して説明してくださいました。その時、どこからかふたりの子どもたちが走ってきて「おじさん、くんれんしてるの!」といいながら、消防士のおじさんにまとわりついてきました。やさしい消防士のおじさんは、きっとこどもたちとおなじみなのでしょう。
こうして丘のあき地で説明を聞いているときでも、消防車に無線連絡がはいってきます。"○○救急車○○に出動、病人、○○病院手術用意OK"などと、本部からの指令無線です。さいわいに火事の無線ははいりませんでしたが、もし火事だ、出動だ、となれば、この場からすぐ火災現場にかけつけて活動できる準備ができているそうです。

化学消防車と肥びしゃく

化学消防車の取材には、保土ケ谷消防署にいきました。救助工作車や照明車、無線指令車などがあります。
消防自動車付録.jpgここでも、訓練から帰ったばかりの消防士のおじさんが、化学車のいろいろな機械を動かして説明してくださいました。その時、発泡ノズルや化学薬品などがはいっている後ろ扉の中に、1本の長い柄のついたひしゃくがありました。昔のお百姓さんが使った、いわゆる肥びしゃくというやつです。
化学機械を集めた化学車に肥びしゃく、そういえば他の消防車にも、きこりが使いそうなおのとか、江戸時代の火消しが使ったとび口が、かならず備えつけてあります。どんなに機械化されても、いざという時には人間のそぼくな動作、力、つまり、くむ(ひしゃく)とか、たたきわる(おの)とか、ひきたおす(とび口)とかがいるのだなと思い、近ごろの世の中が忘れている何かが、こんなところにあるぞと、うれしくなりました。
長い夏の一日も、いつのまにか暮れかかっています。いそいで旭消防署に帰って、赤バイやミニ消防車、直伸はしご車を動かして説明していただきました。同行の女性おふたりはこのはしご車に乗り、天女のごとく夕暮れの空高く舞い上がりましたが、いかんせんぼくは高所恐怖症、ただただ下からながめるばかりでした。
もう日はとっぷり暮れてしまいましたので、水陸両用車(この本には登場しません)や川崎消防署の装甲化学車は、後日の取材にゆずりました。
最後に、この取材にあたって、忙しい時間をさいてご指導くださった消防署のかたがたに、心から御礼申し上げます。また、三菱自動車、日野自動車のパンフレットと、ジェイムズ氏の『THE RED FIRE BOOK』を参考文献にしました。

消防自動車の各装置

ほうすいじゅう(放水銃)ほとんどの消防車に積載されている、持ち運びのできる放水器具。

ふんまつしょうかそうち(粉末消火装置)炭酸ガスでケミカルドライパウダー(化学的に合成した粉末)を放射し、電気や油火災に威力を発揮する装置。

ほうしゃじゅう(放射銃)そうこう化学車のドーム内にある二つの銃をいいます。銃は、水と化学消火剤をあらゆる方向に放射できます。

じえいふんむそうち(自衛噴霧装置)消防車の前・側面についていて水を噴霧する装置で、火災現場の輻射熱から消防車や隊員を守る役割をします。

アウトリガー はしご車を安定させるジャッキ。

れんらくかくせいき(連絡拡声器)はしご車の操縦席とバスケットを結ぶ通話装置。

エアーパック 有毒ガスや空気のないところで、呼吸を保護する器具。

4しょくしんごうとう(4色信号灯)はしごを使用する時、安全か危険かを4色の信号灯と非常ベルで操縦員に知らせる装置。

ほじょロープ(補助ロープ)はしごを全部伸ばしたとき、揺れを防ぐロープ。

リモコンそうじゅう(リモコン操縦)激しい火煙の時、隊員にかわって無線または有線操縦で放水器具を動かし、火熱をしずめる装置。

こうはっぽうチューブ(高発泡チューブ)膨張性の高い泡は、ビルなど密閉建物火災で、排煙、冷却(水で消火する)、窒息消火(空気を遮断して消火)できます。その泡を送るチューブ。

「かがくのとも1月号 通巻82号 しょうぼうじどうしゃ 折り込みふろく」より
 

2008年8月16日

復刊ドットコムでリクエストされいます。

絶版になった本の復刊リクエストを受け付けるサイト「復刊ドットコム」で、山本忠敬の絵本
「むかしのしょうぼう いまのしょうぼう」
「とっきゅうでんしゃ あつまれ」
「パトカーぱとくん」
「でんしゃがはしる」
「ろせんばす」
がリクエストされています。
 

2008年8月 3日

『くるくるまわる』

※この絵本は絶版で、現在入手困難です。以下の文章は付録に掲載された、山本忠敬自身の解説です。

遊び
くるくるまわる.jpg
山本忠敬

子どもの頃、おふくろやおやじの手造りのおもちゃで、よく遊んだ記憶が、今でもほのぼのとした暖かさで心に残っている。
九月の嵐のあくる日、空はスカッと晴れて名残りの強風が落葉と舞う一本道を、手造りのかざぐるまを持って走る。かざぐるまが回る。おふくろが見守っている。そんな、風との遊びは楽しかった。
春になると、こまをちゃぷ台の上で回して遊んだ。そのこまはどんぐりか、しいの実につまようじをさして造ったこまや、手造りの紙のこまだった。幼児期をすぎると、こまはベイごまや、紐をまいて投げて回す市販のこまになった。また、おやじの造った竹馬や、市販の三輪車に乗って遊んだ。なぜか、竹馬と言うと雪の日を思い出す。不思議だ。
おやじの造ってくれた竹とんぼを、一緒に原っぱで飛ばしたが、その後、大人になってから、竹とんぼのように空を飛ぶ夢をよく見た。
幼児は生活のすべてが遊びだと言われているが、確かに幼児を見ているとそうだと思われる。遊びと言ってもいろいろあり、コンピューターゲームの一人遊び、ままごとなどの仲間遊びがある。しかし親が子どもの見ているそばで造り上げていく玩具、子どもは何ができるかと目をまるくしている。その玩具で親と遊ぶ時、子どもの心の成長の中に温かい何かが生まれ育っていくような気がする。

「少年版・こどものとも206号〈5〉くるくるまわる 折り込みふろく1994"絵本の楽しみ"」より

 

2008年8月 3日

『とっきゅうでんしゃ あつまれ』

※この絵本は絶版で、現在入手困難です。以下の文章は付録に掲載された、山本忠敬自身の取材記です。

特急電車ご案内します
とっきゅうでんしゃあつまれ.jpg
山本忠敬

ずいぶん前の話ですけれど、あるお父さんが、自動車会社の宣伝用のチラシやカタログから自動車を切り抜き、ノートにはって子どもにあげたら。寝る時もそのノートを枕元において寝るほど気に入ってしまった、と話してくれました。
①自動車のコレクション。②ノン・ストーリー・③父から子への温かい愛情。この三辺に囲まれた三角形の中心に幼児絵本の原点の一つがあるような気がしました。
このお父さんの話がきっさかけで、自動車をコレクションした絵本、『ずかん・じどうしゃ』(現在は「福音館の幼児絵本」として発行)ができました。
一般に、幼児は乗り物が大好きです。なかでも自動車と電車が大好きです。それなのに自動車のコレクション絵本があって、電車のコレクション絵本がないのは片手落ちではないかと、編集のTさんと話し合ってできたのが、この絵本『とっきゅうでんしゃあつまれ』です。
この絵本では、原動機(電動モーター、ディーゼルエンジン)をつけた車両にも旅客を乗せることの出来るものを電車とし、機関車のひっぱる列車と区別しました。そして、現在走っている日本の特急用の車両を全部集めて、その形態別にブロックを組んで走らせてみました。
新幹線は、日本の世界に誇る最もはやい電車。近鉄ビスタカー(P4)の基本編成は四両で、二号車、三号車は二階建て車です。
国鉄の183系・189系・485系・489系・381系・781系(P10〜13)は特急電車で、日本各地の本線を走っています。381系の振子式電車(P11)は、カーブを走る時に車体が遠心力で自動的に傾く機構になっているので、カーブでもスピードを落とさず走れます。ディーゼルカー(P13〜14)は旅客を乗せてディーゼル・エンジンで自走する車(原理は自動車と同じ)。だから、パンタグラフも架線もいりません。
電車正面についているヘッドマークは、色々なデザインや愛称(白山、はこねなど)があり、同系の電車でも路線や行き先によって変わります。特に国鉄の特急型電車のヘッドマークは、五十種類近くもあります。
裏表紙の国鉄117系・201系と近鉄「あおぞら」は、厳密には特急電車ではありませんが、多くの人々に親しまれている国電なのと、二階建て電車なのでのせました。P23のお嬢さんは南海「こうや」の車内案内嬢で、絵本特急電車にご乗車いただきありがとうございました、といっています。
                   *
最後に、この絵本を作るにあたって色々お世話になった、雑誌「鉄道ファン」の真柳哲也様や国鉄の須田寛様、車両局の皆様、また、各私鉄の広報の皆様に心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。

「少年版・こどものとも118号〈1〉とっきゅうでんしゃ あつまれ 折り込みふろく"絵本の楽しみ"」より


 

2008年8月 3日

『むかしのしょうぼう いまのしょうぼう』

むかしのしょうぼういまのしょうぼう.jpg※この絵本は絶版で、現在入手困難です。以下の文章は付録に掲載された、山本忠敬自身の取材記です。
昔の消防今の消防付録01.jpg

いわずもがなの絵本の解説
山本忠敬

江戸時代の消防 P2〜P5
日本で現代のような庶民のための消防組織のできたのは1718年将軍吉宗のときで、いろは48組と、深川、本所の16組の町火消が江戸の町に誕生したのがはじまり。それ以前には1629年、幕府要地の消防に外様大名の課役で大名火消ができ、1650年に江戸城の消防に幕府直属の旗本によって定火消(じょうひけし)の組織ができていた。がいずれも幕府のためだけの消防をする武家火消でした。

ひのみやぐら
 1658年に定火消の火消屋敷の屋根の上に建てられたのがはじめで、やぐらの高さは9m、常時2人の見張りがいて、火事を発見すると、かね(半鐘)と太鼓をならして知らせた。1723年には町火消のひのみやぐらや、ひのみばしごが、町の木戸木戸に建てられたが、高さは定火消のやぐらより低く、見張り番はおかず、太鼓もなく、かねのみが備えてあった。

まとい
 火消の組々の目印、シンボル。まとい持ちは火事場の家の屋根で、これを振り立てて火消たちの士気を鼓舞した。もともとは戦国時代に侍大将の目印に用いたもので、馬印といった。秀吉の"千成びょうたん"がそれです。この絵本にでてくる白塗りのまといになったのは、1791年にまといの華美禁止のお触れがでてからです。また馬簾(ばれん・まといの飾りで、和紙でできている)に墨線がはいったのは、明治になってから。扉の絵は町火消いろは48組のうちのよ組のまとい。P2の大きいのは、り組。遠くを走っているのは、い組のまといで、まといの上の丸はけしの実を、下の角は枡を形どったもので、"けします"の洒落だそうです。

竜吐水(りゅうとすい)
 放水すると竜が水を吐く姿にみえるのでこの名がついたという、手押しポンプ。1626年ごろ、江戸と長崎でつくられ、オランダ人の設計になるといわれる。放水は10mぐらい。

玄蕃桶(げんばおけ)
 ポンプに水を運ぶ桶。
水車樋(すいしゃとい)井戸から水くむ桶。
天水桶 町すじに備えつけてある防火用水。
高張提燈(たかはりじょうちん)まとい同様に組の目印として夜間使われた。

明治時代の消防 P6〜P11
昔の消防今の消防付録02.jpg火消から消防組に変わり、火消は消防手となり、洋服を着てヒゲをはやした。1870年、イギリスのシャンドメーソン社から、手押しポンプ車4台、馬引き蒸気ポンプ車1台をはじめて輸入。1875年、フランスからイギリス製の手押しポンプ車9台を輸入し、これを甲号ポンプ、またはフランス型ポンプと呼んだ。翌年、これを模して市原ポンプ製作所で国産化し量産した。放水は27m。1888年、水道のできた横浜市に、日本ではじめて消火栓ができた。

蒸気ポンプ車 まきか石炭を燃やして湯をわかし、その蒸気の圧力でピストン式ポンプを動かして、吸水、放水をした。手引き車はかじ棒に綱をつけて、数人で引っ張った。(P6の車は、1909年にシャンドメーソン社から輸入した)また馬引き車は1〜3頭立てで走り、1899年に市原ポンプ製作所で、シャンドメーソン社製を模作国産化し、量産した。(P8の車は、模作1号車)放水は45m。この2台の蒸気ポンプ車は東京消防庁PRセンターに保存されている。
昔の消防今の消防付録03.jpg1911年に大阪府がベンツのポンプ自動車をドイツから輸入している。おそらくこれが日本最初の消防自動車でしょう。しかし、資料がなく絵になりませんでした。一昨年の春。岩手の水沢市にベンツの古いポンプ自動車があると聞いて取材に行きました。これは1924年、水沢市が大阪森田ポンプに依頼し輸入したもので、胆沢地区消防組合の消防記念館に保存されています。4月22日の火防(ひぶせ)祭のパレードに出場し、堂々と走っていました。(折り込み表紙のカットの車)日本最初の消防自動車はこれと同じ車か、これにちかい車だったのではと思いますが、確証する資料がありません。
馬引き救助はしご車 3、4階建の家ができて、人命救助のためはしご車が必要になり、1903年にドイツのリーブ社より輸入した。










大正時代の消防 P12〜P15

消防出場信号機 P13の右書き看板のついた消防自動車通過信号は、1920年東京で消防署ちかくの交差点の電車用電柱につけられた。これは出動する消防自動車が混雑した道路をスムーズに通れるよう道をあけるようにと、500燭光の赤色電灯がつき、電鈴がなって知らせた。

ファーレン・フォックスのポンプ自動車 1924年アメリカから輸入。ポンプは蒸気ポンプ車と同じピストン式ポンプだが、動力は自動車のガソリンエンジンを利用した。
ダッジの水管自動車 らく車(ホース・カー)を運ぶ車で、1920年アメリカから輸入。
火災報知器 1920年東京に設置され、1972年廃止される。
ベンツのはしご自動車 1924年ドイツから輸入。
スタッツのポンプ自動車 1924年アメリカから輸入。ロータリーポンプの動力は車エンジン。

昭和時代の消防 P16〜P27
マキシムのポンプ車 1929年アメリカから輸入。ロータリー式ポンプ。
ダッジの照明車 1935年消防指令車としてアメリカから輸入した車を改装したもので、110ボルト、136アンペアの直流発電機1台、サーチライト500ワット三脚つきを2個、250ワット移動式を2個つんでいる。
ニッサンポンプ車 1941年完成した国産車。ポンプはタービンポンプ。これ以後の消防車はほとんどがタービンポンプを備えている。戦後の小型ポンプ車や救急車、高圧ポンプ車、はしご車の細かい活躍状況は、絵本「しょうぼうじどうしゃじぷた」を、それ以後の車については、ペーパーバック絵本「はたらくじとどうしゃ・4」(いずれも福音館書店発行)をご覧下さい。
耐煙救出車・モグラ 昨年8月、大阪市北消防署で取材した車で、レーダーと触知装置を持ち、濃煙の暗がりの中で自由に行動でき、超低圧の特殊タイヤが左右に12個ついており、階段の上がり下りは自由。動力はバッテリー電源とし、1回の充電で8km走行できる。定員5名。被災者に酸素を供給するポンベ(150kg)4本を積載している。
最近の火災は、新建材による有毒ガスの発生など複雑な様相を呈してきています。これからの消火活動もそれにみあったもの、ロボットやヘリコプターなどよよる消火になるでしょう。

「かがくのとも1月号(1981) 通巻142号 むかしのしょうぼう いまのしょうぼう 折り込みふろく」より

 

2008年8月 3日

『おおきいものは?』

※この絵本は絶版で、現在入手困難です。以下の文章は付録に掲載された、山本忠敬自身の取材記です。

大きいもの 小さいもの
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山本忠敬

幼児は大きいとか小さいとかということをその時々に即して個々には判断して知っています。そこで、大きいって一体どんなことなんだろう?というものの考え方のひとつの基本を単純に絵(図)式化したのがこの絵本です。
幼児が生活の中で身近に見て知っているものを適当に取り上げて(この取り上げ方についてはあとでふれます)"より大きいもの"へと順序良く次々と並べて、"大きいもの"の系列を作ります。この系列の頂点に(幼児が知っている範囲では)ビルとか山とかが出てくるでしょう。それより大きいものはあるだろうか? あるとすれば何だろうと考えた時、そこには未知の世界があり、無限に広がる未来の夢につながるわけです。
今度は逆に、"小さいものは?"と考えると、今までの大きいものの系列がそのまま小さいものの系列になって、今まで大きかったものが、すべて"より小さいもの"になってしまいます。例えば「にわとりより大きいぼく、ぼくより大きいおかあさん」が「おかあさんより小さいぼく、ぼくより小さいにわとり」といった具合に。そして、大きいときと同じに、小さいものの頂点の向こうに未知の世界があるわけです。
ところで、この絵本の"大きいものの系列"に取り上げたものの中で、自動車と家とは、大きいということは高いとか広いとかいうことをふくんで、更に"より小さいもの"をすべて包み込んでしまう立体空間であることを絵ときする必要上取り上げたのですが、その他は深い意味はなく絵本の進行上で適当にピックアップした"大きいもの"なので、これ以外にも幼児が生活の中で身近に見て知っているものがたくさんあるはずです。
そこで、"おねえさんはぼくとわたしより大きくて、おかあさんより小さい。"とか、"ぼくとわたしより小さくて、にわとりより大きいものは?犬のボチ"などと、大きいものと小さいものとを比較対照することで新しいものの位置づけをするという遊び方へと、この絵本『おおきいものは?』を抜け出してお子さんと遊んで下されば、と思います。

「少年版・こどものとも23号〈2〉おおきいものは? 折り込みふろく"絵本の楽しみ"」より


 

2008年8月 3日

『さんかく』

※この絵本は絶版で、現在入手困難です。以下の文章は付録に掲載された、山本忠敬自身の取材記です。

絵本の絵を読む
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山本忠敬

普通は、文字は読むもの、絵は見るものです。文字を読んで、論理的思考によって理解するのが、本を読む、ということの本質ですが、絵本の場合はもっと大切なことがあると思います。
それは絵本の絵を見るという読み方、絵を読むことです。それは論理的思考ではなくて、感性に訴える直感的思考によって理解することです。
たとえば、言葉を満足にしゃべることもできない幼児が、おとなには言葉になっていないと思われる言葉をしゃべりながら、絵本のページをめくってひとりあそびをしているのを見かけます。これこそ幼児が絵本の絵を読んでいるので、この時の幼児の感性は、直感的思考によって、絵本を理解しているのだと思います。また、私は丸善などに外国の絵本を求めに行きますが、ます最初に絵として良い絵だと思ったのを、たくさんの本の中からピックアップします。それから一冊ずつ、ていねいに一ページ、一ページ、めくりながら絵を読むのです。その時、ほほえみを感じたり、次のページをめくりたい衝動にかられた本を買っていきます。
もちろん、その時、文字は読みません。始めのうちは買ってきた絵本を、辞書をひきひき訳して読みましたが、ある時、絵を読んで見ていて楽しかった絵本が、言葉を訳したら、つまらない絵本になってしまったので、それ以来言葉を訳して読むことをやめました。今では、日本の絵本も文字はほとんど読ます、自分流に絵だけを読んで楽しんでいます。絵本の絵を読んでの言語は、直接すぐに言葉になって口からでてこない場合もありますが、それでも良いと思います。
この『さんかく』の絵本は、以上のような意味で、絵を読んでほしい絵本なのです。絵を読むためのめやすとして必要最小限の文をいれてありますが、できることならこの文章にこだわらず、自由に絵を読んで、楽しいお話を作って下さい、そうしやすいために、色と形の基本のものだけを使って絵本を構成したのです。ドラマ構成のバックボーンは仏教でいう、宇宙の輪廻です。

「少年版・こどものとも39号〈6〉さんかく 折り込みふろく"絵本の楽しみ"」より

 

2008年7月27日

『でんしゃがはしる』

※この絵本は絶版で、現在入手困難です。以下の文章は付録に掲載された、山本忠敬自身の取材記です。

「でんしゃがはしる」取材、こぼればなし
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山本忠敬

電車の絵本をつくろうと思いたって、山手線の取材を始めたのが、二年くらい前でした。
ひまを見ては山手線に乗って何度か回っているうちに、この電車が駅や途中で実にたくさんの電車にあったり、わかれたりしているのを発見したのです。そうして、主題をこれにしぼって取材しだしたのが昨年の春ごろでした。
これを書き上げるのに、まるまる二カ月かかりました。遅筆の私は、例によって、「こどものとも」のしめ切りが過ぎてしまっているので、最後の三日ぐらいはてつや、てつや、てつや、でした。
書きあがったときには体重が五キロも減ってしまい、太りだしてやせたがっているうちのかみさんをうらやましがらせました。このしわよせが、おそらく印刷所の方々にかかっているいることと思います。ゴメンナサイ。
●品川駅を出発する山手線外回り            
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また、下絵ができて、絵を描きだしたところ、編集部の方々が手分けして、山手線全線をカラー写真で写して来てくれました。その中に、私が作った構図より良いのがあったりしてできかかった絵を描きかえたりする、うれしいヒメイをあげることがあったりして、大いに参考になりました。感謝しています。ここにのせた写真は、そのほんの一部です。
  

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五反田・目黒間に、五角形で五ツ目玉のしゃれた形の、見なれない信号機がありました。絵本の主題とは関係ないのですが、おもしろいので私の遊び心で描き入れました。
何のための信号機なのかわからないので、編集の方にしらべてもらったら、なんとそれは脱線を知らせる信号機だったのです。五反田・目黒間は山手線と山手荷物線が併走しているところで、その貨車が脱線したとき、五ツならんだ赤燈が点滅して脱線を知らせるのだそうです。
●五反田駅と目黒駅間の5ツ目信号           
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ある日、日暮里、鶯谷を取材したときのことです。写真の上手な峰村さん(昨年七月号の『しんりんてつどう』をかいた先生です)をさそって、写真をとってもらおうと、この付近には、江戸時代からの古い豆腐料理の"笹乃雪"や、漱石の『我が輩は猫である』にでてくる"羽二重団子"がある話とか、谷中に古い寺がある話をすると、文学好きの峰村さんは、漱石の喰べた団子を喰べよう、と重いカメラを持って同行してくれました。
取材しているうちに夕方になってしまったので、きょうはこれくらいにして、団子を喰べて帰りましょう、と取材をきりあげて、労をねぎらおうと団子屋の前にくると・・・
"本日売切"
●渋谷駅の地下鉄・銀座線                      
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東京に生まれて、東京で育った私には、盛り場から盛り場を結んで走る山手線の取材では、ああ、あそこにこんなうまいもの屋があった、とか、そうだ、あの飲み屋は、まだやっているかな、などと、つい、そちらのほうにウエイトが掛かってしまい、何の取材やらわからなくなってしまったことが、しばしばでした。
  *  *  *
さて、最後になりましたが、この絵本の進行役をつとめる山手線電車は、"一〇三系・通勤型直流電車"とよばれる国鉄電車で、中央線特別快速電車や、京浜東北線電車なとどと同型の電車です。山手線には、現在五〇〇両の電車があり、一〇両編成で一日五〇本、走っています。
外回り、内回りに分かれて、それぞれ反対方向に走って、ぐるりと東京を一周しています。一周約三四・五キロメートル、時間にして約一時間です。山手線は一日にのべ五七九周回ります。一日の総走行距離は、約二万キロメートル、これは地球を半周する長さです。

●大塚駅の山手線と都電・荒川線
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●ビルが乱立する、秋葉原付近
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●浜松駅で山手線と東京モノレール
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●田端駅から西日暮里方面
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「少年版・こどものとも267号〈6〉でんしゃがはしる 折り込みふろく"絵本の楽しみ"」より















 

2008年7月21日

『ろせんばす』

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絶版。
 

2008年7月13日

『パトカーぱとくん』

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絶版。